広島家庭裁判所竹原支部 昭和33年(家)107号 審判 1958年12月23日
申立人 田口信子(仮名)
相手方 石川和男(仮名)
事件本人 田口銀次(仮名)
主文
相手方は申立人に対し事件本人の扶養料の分担として次の金員を支払え。
一、即時金八千八百五〇円也。
二、昭和三四年一月より事件本人が満十八歳に達する日まで毎月末日限り金壱千五百円ずつ。
理由
申立人は主文と同旨の審判を求め、相手方は申立人の請求には応じない旨を答えた。そこで審査するに、申立書添付の戸籍謄本の記載と当事者双方の陳述、広島家庭裁判所福山支部調査官糸賀純悦の調査報告書の記載、医師三輪粂雄の診断書の記載を総合すれば、申立人と相手方は昭和二五年三月○日相手方の氏を称する婚姻をし、その間に長男として事件本人を出産した。しかし昭和二五年九月○日事件本人の親権者を相手方と定めて協議離婚をし、当時事件本人は乳児であつたため事実上申立人が監護し申立人の実家で生活を共にした。申立人が事件本人を養育するに従い愛情は深まるし、相手方もそのまま放置して数年を経過してしまい、相手方は再婚して後妻との間に子を儲け、申立人は事件本人と離別しがたい愛着を生ずるに至つた。
そこで申立人は昭和三一年広島家庭裁判所福山支部に親権者変更の審判を申立て同裁判所の事件本人の親権者を申立人に変更する旨の確定裁判を得て、同年一二月○○日その届出を了し、更に昭和三三年四月○○日事件本人の氏をも申立人の氏に変更届出をし事件本人と生活を共にしつつ今日に至つていること、申立人は実家で生活中昭和三〇年山で転げて脊髄を損じ、そのため脊髄カリエスを患い、生涯を通じ重い労働に服し得ない状況で、実父、実兄の援助により小住宅を建設してもらい、事件本人と共にこれに住い衣類等の行商による最高一ヶ月六千円程度の収入で実父よりの主食の援助により、辛じてその日その日の生活をしているが、実父も僅か二反四畝の田、一反一畝の畑を耕作する小農であつて、申立人の兄夫婦等と共に九人を家族とする一世帯であり今後主食の供給援助は期待しがたい実情にあることを認めることができる。一面相手方については、家庭裁判所調査官高橋昌之の調査報告書の記載と相手方本人の供述を総合し、田八反六畝、畑二反四畝を耕作する中流以上の農家であつて、年収凡そ三〇万円を有し、申立人等夫婦に六歳を頭に四人の子と養母の七人家族の世帯であることを認めることができる。
以上認定のような事実関係を基礎として本件申立の理由ありや否やを考えてみる。
一、本件申立の法律的根拠
扶養義務者間において、扶養料分担の協議が調はない場合に、家庭裁判所に協議に代る裁判を求める法律上の根拠につき多少の疑問がある。しかし当裁判所は民法第八七九条に謂う、扶養の程度又は方法について当事者問に協議が調わないとき、とは扶養権利者と扶養義務者との間にその協議が調わない場合ばかりでなく、扶養義務者間又は扶養権利者間にその協議の調わない場合をも併せ包含する意味であると思うので本件申立は同条により適法であると解する。
二、親権を行わない親の子に対する扶養義務
扶養の義務の中に被扶養者の生活を扶養義務者の生活の一部とみる生活保持の義務と、扶養義務者の生活に余裕を生じ得る場合にのみ扶養義務を認める生活扶助義務の二態様があつて、夫婦と未成熟の子に対する親の扶養義務は生活保持の義務であり、その他の扶養義務は生活扶助の義務であるとされる。しかし生活保持の義務の根拠については学説も岐れ判例も統一されていない。子に対する生活保持の義務の根拠を民法第八二〇条に求めるものは、生活保持の義務は親子の協同生活を前提とするものであるとし、従つて種々の原因で監護教育の座を去つた親すなわち親権を行わない親は、子に対する生活保持の義務を免れ他の扶養義務と同様生活扶助の義務を負うに止まるといい、民法第八二〇条の規定は子の身上の監護教育のことを定めたものであつて、財産上の義務である扶養の関係は同法第八七七条の規定によるべきであり、生活保持の義務は夫婦と未成熟の子という特殊のつながりから来る必然的観念で、同法条の中に当然包含されている一態様と解しようとするものは、親権の存否による親の扶養義務の区別を否定する。惟うに民法第八二〇条にあつても同第八七七条にあつても生活保持の義務を肯定させる文理上の根拠はなく、唯監護教育ということが通常生活を共にする場合に多く、従つて生活費の負担という財産上の義務が伴うことが連想され易いだけである。しかし民法は第八一九条の外に第七六六条を設けて親権を行う者と事実上監護教育をする者と異なる場合のあることを認めているから、このような場合には親権者であつても必ずしも子と協同生活をしているとは謂われないが、子と協同生活をしていないから親権者であつても生活保持の義務を負わないと謂い得るであろうか。また離婚判決の際夫婦の一方を子の親権者に指定する場合でも、審判により親権者を一方から他の一方に変更する場合でも、裁判所は親の経済上の能力ばかりでなく親の有する愛情の度合、子の利害に影響する家庭における人間関係の諸条件を考慮して判断するのであるから、財力ある一方の親を親権者と定めないで財力のない一方の親を親権者と定める場合も数多く存することは多言を要しないところである。このような場合に判決や審判で親権者でなくなつたからといつて、その親は生活保持義務の負担から免れて生活扶助の義務のみ負うに至るというようなことがあり得るであろうか。親権の辞任許可の審判の場合でも再婚その他親自身の便宜のために親権の辞任を相当として許可される場合もあり得ると思うのであるが、この場合でも親権を辞任した親は扶養義務軽減の利益を受けるであろうか。なお父親は未成熟の子に対し協同生活義務即ち共生義務を負うものとしなければならない。しかるに協議離婚又は親権者を定める協議或は有責の裁判離婚により、その共生義務を免れるものもあり得る。それ等の親は、いずれも子の親権者でないという理由で生活保持の義務を免れるであろうか。このように考えてくると、親権のないところに生活保持の義務なしとする考え方は法生活の実際に適しないように思われる。そこで当裁判所はいわゆる生活保持の義務も民法第八七七条に定める扶養義務の一態様であると解し未成熟の子の父母は親権を行うと否とにかかわらず生活保持の義務を負担するものと判断する。
三、事件本人の生活費の需要
子の生活費の需要度をどの程度に定めるべきかは一個の問題であるが、本件事件本人は、八歳一〇ヶ月、小学校二年の未成熟児童であつて、その生活は親である扶養義務者の生活の一部とみなさるべきものである。この場合本件のように同順位の生活保持義務者が二人あつておのおの生活程度が異なるときは、子の利益のため子は生活程度の高い方の生活基準によつて扶養を受ける権利があるものと考える。ところが母である申立人の収入は一ヶ月の最高は六千円である。これを申立人と事件本人の生活に按分すれば一人一ヶ月の生活費は三千円である。相手方の世帯は成人三人幼児四人合計七人であつて仮に事件本人を加うれば八人である。相手方の年収は前認定のように凡そ三〇万円であり、その一ヶ月分は二万四千円でその八分の一は三千円である。しかも主要生活物資である主食と、野菜は自給し得る。厚生省所定の生活保護法による生活費認定基準表によれば、二五歳乃至五九歳の成人での主食、野菜と他の生活物資との需要比は六六五対六五〇で約半分半分であるから主食野菜を含む右一人一ヶ月分の消費量三千円はその倍額の六千円の生活消費が可能な計算になる。一面記録中の○○町長職務代理者○○町助役大場智の生活費調査の回答によれば、田三反一畝畑二反林野一町四反を耕作する五人家族世帯の一ヶ月消費量は三万四千五円であつて、その五分の一は、六千八百一円であることに鑑み、相手方の世帯にあつてもこの程度の生活を為し得るものであることが推定される。そこで事件本人は母に比し生活程度の高い父の生活を標準として生活費の需要を充すことができるのであるが当裁判所は、諸般の調査の結果を検討し事件本人の生活費の需要を一ヶ月六千円を相当と認定する。
四、相手方の扶養料分担額
申立人は前認定のように一ヶ月六千円程度の収入しか有しないので、自らの生活と共に前記認定にかかる事件本人の生活上の需要を充すことのできないことは明かであるから申立人が相手方に対し一ヶ月一千五百円ずつの扶養料の分担を請求する本件は、事件本人が満十八歳に達するまでの限度において理由ありと判断する。なお本件扶養料は当事者双方が当裁判所に出頭して互にその主張を陳述した昭和三十三年七月三日の翌日より支払うを相当と認める。そこで同月四日より審判告知の月まで五ヶ月二七日分金八千八百五〇円也は一時に支払うべく、昭和三四年一月以降は毎月末日限りこれを支払うべきものとし、家事審判法第九条第一項乙類第八号により主文の通り審決する。
(家事審判官 太田英雄)